ブログを運営するに当たっての試行錯誤や考えを述べるブログです。
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人生はブログを終わらせなければならない、さもないとブログが人生を終わらせてしまうだろう。byケネディ改変

 ブログの更新に拘り続けることはときとして人生に致命傷となる。いったいどれだけの時間を我々はブログに費やしてきたのだろうか。それが単なる余暇時間ならよいのだが、生活のために必須の時間まで食い荒らされるようになるとブログを続けることは苦行になる。
 それでも続けたいというならば妥協点をみつけなければならないだろうし、見つけられるブロガーだけが長続きさせることができるのだろう。

 ブログこそが人生だと主張する向きには何も言うまい…。
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決して、決して、決してやめてしまうな。byチャーチル

 これはそのまま使う。ブログを成長させる最大の秘訣は止めないことであり、止めないかぎりはチャンスがある。いや、止めることなどできはしないのだ。一度ブロガーになった人間は更新をやめてもブログを消去しても死ぬまでブロガー。どこかに眠る記事を書く魂と共に一生を生きていくのかもしれない。
 不在になる間の360度の方針転換の予約投稿分を張り終わった。一日二回更新してもレビューが9本余っている……当分困らずにすむかな?
 めんどうだったのは来年になると日付の設定を大きくいじらなければならなかったこと。今年のうちは現在に設定してから二三の項目をいじるだけでよかったのに、来年の分は年から動かさなければならない。未来は2008年までしか準備されていないのに過去は1970年から使えることに妙に感心した。過去の日付けにあわせて回想記事が書かれることを想定しているのかもしれない。
 まったく架空の年月を扱えるならファンタジー作品の年表作りとかにも使えるかも――暦が地球と一緒なのは芸がないが。

 FC2にも予約投稿機能があるそうで……煮ても焼いても食えないトピックスを量産しておこうか。
 このブログは油の乗り切った時期をすぎたかもしれないんだよね。リンクしてくれる人がいるのは嬉しいけど、全周無警戒がなければニュースサイトに転進する道を探っていたかもしれない。
 まぁ、にょほほにょほほとやっていきますわ。

更新をやめたとき忘れられたくなかったら、読まれるにたる物を書くか、書かれるにたることをしろ。by ベンジャミン・フランクリン改変

 自分のことは忘れられたいけど文章だけは覚えていてほしい場合はどうすればよいのだろう――まぁ一種の自己美化願望だね。そのわりに醜い部分まで書き殴っているのが私の奇妙なところ。
 ネット上で書かれるにたること、といえば良いこととは限らない場合が多すぎる。ある種のサービスを開発することくらいだろうか。読まれるにたる物を書こうとするのがブロガー根性だが、永続的に印象に残るものとなると意外と難しい。
 読み捨て的なトピックスに言及しても、その記事までもが読み捨てられる危険が高い。


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 漫画の感想を書くときにキャラクターの名前がすぐに出てこなくて苦労することが増えた。脳細胞が死滅をはじめたらしい…。良く良く考えてみれば私が読む漫画は週刊少年誌だけで50作品ほど、月刊や増刊を加えたら100作品に届くだろう。
 1作品5人としても500人。それに作品名と作者名(近頃は特に後者を覚えたい)も記憶しなければならないから、脳容量事情は苦しい。
 それでも出来るかぎり覚えた方が効率的な記事の作成に貢献するはずだ。覚えられている名詞は意識的に使うようにしたい。
恥は新興ブログにとって名誉であり、大手ブログには屈辱である。byアリストテレス改変

 誤字脱字の恥、事実誤認の恥、それらはブロガーにとって耐え難いものだが、だからこそ乗り越えることが財産になる、財産をもたざるものには。
 また、恥に気付けることは、誰かが指摘してくれたからか、自分で気付けたからだ。新興ブログにとって前者であれば、誰かが自分のことを気にかけてくれていたことになり、後者であれば多くの人の目にさらされる前に修正できたことになる。大手ブログにとっては正反対、前者であれば誰かが気付くまで自分の間違いに気付けなかったことになり、後者であれば多くの読者が無言で間違いを笑っていったことになる。

 逆に考えるんだ、恥を名誉にできる魂こそがブロガーにとって黄金であると。そうすれば全てを楽しんでしまえる。
 ブクマにされることより悪いことが1つだけある、それはブクマにされないことだ。byオスカー・マイルド改変


 ブクマされることがよいこととは限らない。酷いコメントをつけられるかもしれないし、多くの人の目にさらされることはそれだけ、攻撃的な存在に遭遇する可能性を高める。それでもブクマされないことよりはマシであろう。
 前者は要するに可能性があることであり、マイナス方向に傾くのも自分しだい、コントロールの余地がある。それに対して後者は可能性そのものがない。
 [ コメントは記事を豊かにしてくれる] by とあるブログの舞台裏まなめはうすさんからいただいたコメントを読んで思ったのだが、どうもこの記事で想定している読者にずれがあるみたい。私は記事で書かれている内容を詳しく知りたくて調べてくる読者を重視して記事の充実を考えたのだが、まなめさんは常連さんを重視してコメントしている。常識的に考えれば、常連さんの方が多いのだからまなめさんの認識になって当然なのだ。
 私の読者さんの扱いは数に対して正当になっているか、疑問が生じてきたので私の思っている読者の類型をまとめてみる。

・ブログ常連さん
 私のブログをほぼ毎日読みに来てくれる人たち。最重要だが、同時にどうやってアピールしたらいいのか、分からなくなっちゃう人たち。とりあえず更新を続けるしかないらしい。ニュースサイト運営者やブロガー、常連的コメント者などになってもらえると助かる。

・記事常連さん
 ジャンプ感想など特定の記事を読みにくる常連さん。こちらも多いし、割と対策も立つ。週内のアクセス数がどれだけ変動するかで概数が読めなくもない。ブログ常連さんになってもらうためには、特定記事から上手く話を広げる記事を増やすことか。

・半常連さん
 付き合いのあるサイトの常連さんで、私のブログと頻繁に接する機会がある人。サイドバーリンクとニュースリンクに起源が分かれる。まぁ、隣人と読者の争奪合戦になっても楽しくないのであえて考えずにいるのも吉。

・ニュースサイト一見さん
 ニュースサイトからのリンクではじめて飛んでくる人。目的が明確で、それ以上の記事を読まれる可能性は低い。とりあえず、ニュースサイト運営者を常連さんに取り込んで、半常連さん化を狙いたい。記事の質にうるさいかもしれないので、得意ではない相手。

・検索エンジン一見さん
 何か調べてくる人。数は決して多くないがはじめに述べたように私は結構重視している。満足してもらうことが大事。それで少しでもブログのことを覚えてもらい。じょじょに常連さんに遷移してもらいたい。

・サイドバーリンク一見さん
 相互リンク先から飛んでくる人。相互リンク先の規模・形式にもよるけど、とてつもなく多いってことはまずない。代わりに求めている傾向が似通った人が多いので半常連さん化はしやすいはず。注目はしていないけど、期待はしているってところか。


 ブログ常連さんが最重要なのは理解しつつ、その維持に汲々とするよりピラミッド型分布の安定に注目して運営しているな。ようするに裾野が広ければ頂点の数も自然と増えるだろうと、あまり強くひきとめると内輪的な空気が生じてしまい裾野の拡大に悪影響を及ぼすだろうと、考えている。
 あと、理解しやすいもの(例えば検索エンジン一見さん)ほど注目してしまうのも悪癖だ。せっかくこのブログを持っているのだから、もっと考察を深めてもいいかもしれない。


参考記事:こうやってまとめてみるとこの記事も焼きなおし感が強い…。
[ サイト環境学:読者循環論]
[ 親愛よりも信用を]
[ ニュースサイトからリピーターを獲得するには]

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 読書は呼吸のアクセスが落ち込んでいると思ったら、グーグルからの検索が激減していた。タイトルで検索してもヒットしないし、またペナルティを食らったみたいだ。
 とりあえず、過剰なリンクと思われそうな相互でないものを消しておいた。うまくやろうとしてもたいてい裏目にでるのがSEO。検索エンジンへの依存が強かったからショックが大きいなぁ。
 URLの異なるブログを目次として使う方法にも問題があるのかも……全体でひとつのサイトという高度に組織化されたものを作ってみたかったのに。

 とりあえず、やったことが報われないのは悲しすぎるので、SEOに関しては大人しくしていた方がよさそうだ。
 現状を評するのにぴったりな、農民が稲を引っ張って早く成長させようとして枯らした故事があった気がするのだが、思い出せない。それが二重にショックだったりする。
 いきづまってる。tanabeebanatの日記-ブログで大半の書き手は育ちますみたいな話題に遭遇しても既にどこかで類似の記事を書いているのは明らか。新規に記事を書くよりは引っ張り出して参照リンクとしてトラバした方が効率が良さそうだ――それはそれで面倒なのだが、ネットワーク化を進めた方が総合的なブログの価値は高くなるかと。

 同じ場所をぐるぐる回ってバターになるのも癪なので、ちょっと切り口を変えてなおかつ有意なことが書けそうな手段を考え出した。
 古今東西の名言・格言をブログ用に改変して、そこに考察を付け加えていくことだ。多少の強引さは生じると思うし飛びぬけた記事はでないだろうが、考察をバランスよく行える限りにおいて、そこそこ読める記事が書けるはず。
 問題はこの手法に依存しすぎるとまともな記事が書けなくなりそうなこと。模倣は独創性の墓場だから、墓石ではなく大樹の根元に知識を埋めて花開くように意識しないと。

好きな格言サイト:--世界傑作格言集--
 ゴキブリやネズミの駆除のようなものか、きりなく湧いてくるのがスパムトラックバックだ。私のブログの中でいちばん酷い被害にあっているのが読書は呼吸で、次にこのブログ、最後がシーサーの連中だろうか。不思議と360度の方針転換はスパムの被害を受けていない。ライブドアの白鳥の水かきのような仕事が功を奏しているのかも。ともかくありがたいことだ。

 で最も悲惨なJUGEMブログの設定をみていたら基本設定に「トラックバック一定時間受付拒否」なんてものがあった。これによって投稿直後のトラックバック受付を弾くことができるらしい。とりあえず10分で設定してみたが大量に被弾したので30分で試すことにする。
 まぁ、消すのはまとめてやれるので、それほど苦痛ではないのだが――むしろ中途半端にうけているFC2がめんどうだったりする。

 360度の方針転換では10分に設定しても有意なトラックバックを弾いてしまう可能性があるので、ライブドアの健闘は非常に助かるところだ。つーか、君らトラバ早過ぎ。
 私が作らなかった分までコメントしてくれる人が作ってくれるのだから、こんなにありがたいことはないわけで。
 まず、コメントは一人の限定された視点で書かれた記事を別の視点から検証してくれる。その評価を得ることによって記事の価値は高まるだろう。同時にブロガーが見落としていた点についても言及して補完してくれる場合がある。それは記事の完成度を上げるだけではなく、ブロガーにとっても視野を広げるチャンスになる。
 また、コメントへのレスとしてブロガーが記事内で触れられなかったことを深めることもできる。文脈上の挿入が難しくても、レスであるなら書き加えられる場合は多い。コメントに刺激されて書き忘れていたことを思い出す効果もある。
 これらの追記分もサーチエンジンにはキャッシュされる。SEO的に重要な単語が話題に頻出している可能性が高いのは当然だ。さらにはコメンターのサイトへのリンクがつくなら、読者がその話題への見識を深めるチャンスが増える。そのリンクが自動で張られるのだから運営者としては楽である。サイトの掲示板と比べれば、発想と交流がひとつの記事にまとめられている事の有益さは明らか。ブログの中には文章を投稿してではなく、コメントをもらってはじめて完成する記事すらあるはずだ。

 そんなわけで内容あるコメントをもらうことはブログにとって多大なメリットがある。コメントする側にとっても記事に関することへの更に深い考えをブロガーから直接えられるので有益だし、善意と好意に保証されている限りコメントほど素晴らしい機能はない。
 アクセス解析を見ていると360度の方針転換へのリンク元として「Hidden-Referrer」が目立つことが何日かあった。これはどうもファイアーウォールなどの設定によって追跡できないことを示すらしいが、まとめてくるのが気になる。あと、リンク元として特定の記事まほらば8巻 小島あきらが爆発していたこともある。どうも20人程度が集中して参照リンク込みで読んでいったらしい。

 このような現象が起こるのはどこかで話題になっているからなのだろうが、私には知りようがないし、コメントやトラックバックを頂かないかぎりはわざわざ知りにいこうとも思えない。
 とりあえず実害もないし、どんな内容にしろ話題を提供できているならブロガー冥利に尽きるってものだと思っておく。記事の中に細かい間違いがあるようなら、教えてほしいものだけど。
 迂闊にもはじめるまで把握していなかったのだが、シーサーブログが今日中メンテナンスということで全周無警戒をはじめとする私のシーサーブログが閲覧も更新もできなくなった。
 ブログを4つも持っていただけに手が出せないと喪失感も大きい。無事に帰ってきてくれよ。

 特に手痛いのがニュースサイトである全周無警戒がみれないこと。みれている間は強く意識していなかったが、私は自分のニュースサイトを巡回の基点として当然のように使っていた。
 アンテナをフレーム表示させていたし、いろいろと便利なリンク集がおいてあったわけで、みえなくなっても巡回はできるもののその意欲が激しく低下してしまう。
 まぁ、そもそも更新ができないのだから巡回しなくてもいいか、と思ってしまう辺り楽しむためじゃなくて更新のために巡回しているようで自分の認識に暗澹としたものを感じないでもない。
 そもそも昔は毎日更新どころか、3日に一回とかざらだったような気がしたのだが、月別の記事数をみると結構更新している。内容はピンきりだったと思うけど…。
 私がやっているブログはここだけではないし、そう義務感をもって更新することもないはずなんだけど、できれば更新したいなぁと思ってしまう。起源をただせば360度の方針転換が更新できないくらいなら、こっちの記事を向こうに回す程度の扱いのはずなのだが。

 アイデアさえあれば更新できるここはともかく読書は呼吸の更新頻度は我ながら無謀だ。まぁ、ほどほどにすることを覚えなければなるまいよ。

 よーし、何とか今日も更新できたぞー。
 たまに人気ブログランキングやアフィリエイト、トラフィックエクスチェンジなどのネット上のシステムが槍玉にあげられているのを見かけるのが、不毛。
 非合法でないかぎり、サイトの管理人がメリットデメリットを勘案してそれを行うのは正統であり、感情の入り込む余地は「それすらも要素のひとつ」として処理される程度に過ぎない――と簡単に言うが、それがとても難しくて処理を誤ると偉いことになるのだが。
 しかるにそれらを非難する側は何が言いたいのやら、醜いとかスマートではないとかの言葉をもちいて感情を露にしたところで自分が嫌う行為への風当たりを強く出来るかどうか、ってところではないか。少なくとも、それをする人間を説得する能力は皆無に近いだろう――論理ではなくて感情だもの。
 それどころか、自分が感情的に叫ぶことで自ら感情的な批判を受け容れることを宣言してないか?自分は感情で人を批判しておいて、他者からの感情的な批判を排除するようなのは、醜くスマートではないと私は思うのだが。

 ともかく自らの考えを正統とし人のやりかたに感情的な異議をとなえるようなことは、言論の多様性を失わせるだけではなく、最後には自分に跳ね返ってくると思うがどうか?

 それよりも自分が望むようなサイトが増えるように「こうしたら良いよ」「私はこんなサイトが好きだよ」と主張する方が冴えている。この方向性なら論理が使えるだけじゃなく、感情を示してもそれなりの説得力を帯びるからだ。
 今動いているものを止めるのは、とても大変。慣性もあるけど、ネット上で人を動かせる要素は言葉ひとつといって良いのだから――説得力は口よりも身体から出てくる量が多いにもかかわらず。
 だから動いているものの方向を変えてやる、動いていないものの背中を押してやる、そうして全体の動きを自分の望む方向に近づけていく方がまだ簡単じゃないかな?
 特に漫画感想記事の長文化が。過去の自分のジャンプ感想は1000文字だったのに今では2000文字を超えている。所要時間の変化も似たようなもの。もっと著しいのは単行本の感想で、自分で長さのノルマを課してしまっていないか。
 つまらなさを長さで誤魔化そうとしているというよりは、その作品についての記事を何度も書けそうにないからできるだけ書き逃しがないようにしたいとの思いから長文化が進んでいるようだ。
 分からんでもないが、それによって内容がグダグダになり記事の質が上がりもしないのに時間ばかりが掛かるようになるのが心配なのだ。
 錘としてあえて手抜きがちな記事も書く読書は呼吸の存在が有効であってくれればよいのだが。
 ラルグラド - Google 検索の順位が凄いことになっていて、今月は多くのアクセスが得られそうだ。一週間単位の一時的な順位だろうと思っていたのだが、この期に及んでもこの位置ということは追撃になる大手の記事が生まれていないことを示しているのかな。1巻が出るまでは安泰だろう……検索上ではこれほどの需要があるのに、記事の供給が追いついていないラルグラドの人気は高いんだろうか、低いんだろうか。人は面白いから検索するとは限らないからなぁ。自分の評価に自信がもてなくて調べる場合も結構あるのだろう。原作付き漫画だけにこういう現象が起きやすいのだと思う。
 せっかくのSEOヒットなので、そこから自分の記事全体が読んでもらえるように何らかの対策を講じたいところだが、はたしていい手はあるだろうか。

 そういえばハヤテの方はイジったわりに順位に変化がなかった。これで他の部分の攻勢が効いてくれば……。
 週刊少年ジャンプ2号:新連載神力契約者M&Y:360度の方針転換の記事で改変を使ったために私と僕、いつもの文体と敬語が混じってしまった。これはちょっとしたアクシデントで基本的に語調は統一した方がよいのだろう。
 そもそもブロガーの一人称にはどれが向いているんだろうか。他の人の記事を読む時、いつもは気にしていないのだが、ちょっと考えてみた。私は「私」を使っている。


 私には中性的な使い方と女性的な使い方があると思う。それが出てくるのは文体の機微になる。おそらく中性的な「私」がブロガーにいちばん多いだろう。与える印象としては理知的で論理に訴える文章を書く。読者との間にちょっと壁をつくる。それだけでは没個性。
 女性的な「私」はそれよりも親しみやすく落ち着いた感じ、本当に女性が書いているならそれだけで魅力的に感じる人もいるのかな。


 自我が強く、言いたい事を言う印象。さばさばしてる。同時に言いたい放題言っているようで反感を買いやすかったりするか。


 ひかえめ。論理よりも経験や感情に訴える文章向き。こちらは俺の反対に弱すぎの印象を与えてしまうかも。

あたし
 女性限定。自我強め。ちょっとした警戒色。口語でもあるし、ネタ・経験談向き。

自分
 できるだけ自我を前面に出したくないとき、それでも一人称が必要なときに使う。

ワタシ・オレ・ボク
 カタカナにすると鋭くなる。個人的な主張であることがより強く出る。


 まぁ、あくまでも私の印象だ。他の要素でカバーできるだろう。ネタに走るなら拙者とか麿とか使ってもいいし、口語文であれば方言の一人称も利用できる。あんがいブログのキャラクターを確立するのに一人称が役立つかもしれない(けっきょくそれ「だけ」では、にっちもさっちもいかなくなるだろうが)。
 改行するのは読みやすさのためだが、改行が多すぎると今度はスクロール量が読みにくさに繋がる。だから私は長めの記事を書くときはあえて改行を減らしている。二段三段あけるなどもってのほか。
 まぁ、長文に付き合ってくれる覚悟の持ち主なら改行が少なくてもすらすら読んでくれるはず、という期待の上になされている工夫だ。
 記事の長さは3000文字が最長クラスで、それ以上はできるだけ控えたいと思っている。どうしても長くなるなら分割した方がメリットが大きい――基本的に。問題はトラックバックなのだ。

 あとは「続きを読む」の使い方しだいだな。ちなみに私は滅多に「続きを読む」を使わない。
 考えてみれば看板を裏口から各部屋にまで付けていたのは過剰であった。ということもあって、記事やカテゴリ部分のtitle後尾から「~ハヤテのごとく!応援ブログ」の一文を取り除いた。これでトップページのみがtitleタグにハヤテのごとく!挿入となり、さらなる順位の低下が予想される――まぁ、優秀な若手のみなさんに道を譲ろう。
 代わりに他の個別記事を書いている作品では一定の順位向上が期待される――まだインデックスしなおされていないようだが。特に皇国の守護者系列の成長に期待。椿ナイトクラブなども返り咲けたら嬉しいな。
 はてさてカスタマイズが吉とでるか凶とでるか――結果が楽しみだ。


 以下ライブドアブログのtitleカスタマイズの方法。

 カスタマイズ/管理→デザインを変更する→カスタムを選択。
 各ページのhtmlのtitleタグに囲まれた部分をいじる。今回は一文を削除。<$ArticleTitle ESCAPE$>が記事タイトル。<$BlogTitle ESCAPE$>がブログタイトル。
 デフォルト状態ではlivedoorブログの文字が入っているので、それを消去しておくことと記事タイトルとブログタイトルの順番を入れ替えておくことが簡単だが確実に効果が上がる方法としてオススメだ。
 一文挿入や記事タイトルのみ表示などの思い切った方法も可能だが、SEOについて良く考えて行うこと。記事タイトルのみがSEO的には最強だがブログ全体が弱くなって切り売りするみたいになってしまいそうなので私はそこまでする気になれない。
 あと変更前のバックアップをお忘れなく。
 チャンピオン感想サイトリンク集完成記念ということで四大少年誌感想サイト概観のフォローも兼ねてチャンピオン感想サイトの感想。

 チャンピオンと号数を頼りにまわったので多少の漏れはあるかもしれないが、やはり感想サイトの層は薄い。反面、読み応えのある感想の率は高くて空振りした気分になることは少なかった。
 特徴としては多くの作品を網羅して感想を書いている人が多く、燃えと萌えに分かれる傾向もあまりみられない。チャンピオンが雑誌全体として好かれている印象を持った――サンデー並みかそれ以上に。ただし、キレルくんの連載終了に関しては愚痴もちらほら。
 新連載勢では私が絶賛したかるたは全体的に評価がよかった。ただし、百人一首という珍しいテーマを扱うことには不安の声も。アイホシモドキは読切が先行していたこともあってそれに絡んだ感想が目立った。こちらも物語の主軸の弱さが指摘されがちだったが、作品そのものには好意的な反応が多数派――感想書いているサイト数がそもそも少数派なのはおいといて。王様のオーパーツは、まあまあから嫌いまでの評価。それでも、こんな作品がひとつくらいあってもいい、という結論に落ち着き勝ちだった。
 部数はないのに読者の余裕が感じられる。


 残るはマガジン感想サイトか…その前にジャンプ感想サイトリンク集を何とか整備したい。
 ブロガーに求められる資質に関して自分はどうなの?という疑い。
 自分の目はあまり当てにならないが一応やっておく。これもネタの選択眼のテストになるな……記事そのものはアイスバーンだったようで。

 文章力B:それなりにある方なのだと思うが、手を抜くとすぐに定型に堕してしまう。語尾が妙に偏らないように注意し続けなければ、発揮されるのはC以下。ボキャブラリーの確保と優れた文章に感化されることは、いつでも急務。

 読解力B:ブログの読解より漫画や小説の読解の方が得意な傾向がある。というか自分が勘違いしたように勘違いするという、自己欺瞞能力を発揮しすぎ。斜ではなくて正面から受け止める根性が、読む訓練以上に不足しているのではないか。

 説得力C+:自分ではないと思ってるんだけど…周りの反応からみると結構あるのかな(でなければアクセス数を説明できない)。とりあえず、ここで語るときは複数のブログを持って様々な活動をしていることが正面に出せるので有利。自分を信じすぎて極端に走るよりは、疑い続けて中道を保った方がいい。狙って鍛えようとしないのが正解かも――まるで自分の論が極端に走っていないかのような言い草だぜ。

 ネタの選択眼A-:自分の漫画読みとしての目は信用している。小説はそこそこ、サイトの評価は苦手かも。でも写真の構図は特に優れていないから、そっち方面は自信がない。安易なエロには走らない。

 タフネスA:しぶといと言うか馬鹿。うん、馬鹿だ。異常証明終了。

 エスプリB:これでAを出すのは難しいんじゃないか?まぁ、ちょっとした言い回しに受けてくれる人がいるのは、いろいろな反応から分かっているのでBにしておく。成長の余地は低い。

 運A+:何かの事故で致命傷を負ったブログはないし、ニュースサイトに紹介してもらえるは、隣人には初期から恵まれたは、感謝のしどおし。こっち方面で運を使いすぎているのが気になるのだが…。

 ブログサーヴィス?:いろいろやりすぎ。はじめてやったライブドアブログも悪いサービスではないし――今はじめるのはオススメできないが――どのサービスもそれなりに使えている。使えないのは止めたしな。


 成長性C:これからブロガーとして伸びていくだろうか?という問題。1年ちょっとの運営で底がみえてきちゃったんじゃないかな。活路はあるものの、現状に満足しすぎているのが問題になる(成長性に関していえば)。
 できるものなら後進のブロガーが成長する助けになりたいものだ――そうなれば私がいい記事をたくさん読める、というのがこのブログの目的のひとつでもあるわけ。
 書評サイトである読書は呼吸のアクセス解析でもやってみる。SEO重視のブログだからその辺りの動向は抑える必要もあるってことで――ネタ切れと戦う方法がいくらでもあるな、舞台裏ブログは。
 使用しているのはくたびれの目立つFC2アクセス解析。

・検索ワード
1 皇国の守護者 61 4.55%
2 マテリアルゴースト 22 1.64%
3 葵せきな 19 1.42%
4 架空戦記 16 1.19%
5 シェイクスピア 名言 14 1.04%
 1巻から9巻まで既刊感想を平らげた皇国の守護者が断然首位。2位、3位はライトノベルマテリアルゴースト関連。いまだに3巻を読めていない…。4位はジャンルである架空戦記。5位の「シェイクスピア 名言」は強力な分野。他にも皇国の守護者関連は複数ワードでヒットしている。

・検索エンジン
1 Yahoo! 615 45.65%
2 Google (JP) 477 35.41%
3 Google (US) 159 11.8%
4 MSNサーチ 43 3.19%
5 goo 21 1.55%
 意外にヤフーの強さが光る。ここを殺さずにグーグルを伸ばしたいところだ。下位陣までおなじみのエンジン。ブログ検索が5位に食い込んでくるようだと本当に新しいブログってことになる。

・リンク元
 主力かつ看板扱いの360度の方針転換がトップ。皇国の守護者漫画版感想ページからのヒットも多い。ちょっと意外だったのははてなリング - bookからのアクセスが5位に入ったこと。といっても数字にすると8アクセスだが…。残りも自サイトが目立つ。
 トラバ以外で他サイトと繋がってないからなぁ…。

・訪問回数
1 1回 1524 83.09%
2 2回 98 5.34%
3 100回以上 88 4.79%
4 3回 24 1.3%
5 20-30回 23 1.25%
 これは月刊通算をはると述べ数がおかしな具合になってしまうのだが。とりあえず常連さんは3人ほど。つまり88/30、と。初見率が高く、再来率が低いことは残酷なまでに明らか。まともなブログとしては問題ありだ。

 ふー、こんなもんか。全体的に低調。せめてマテリアルゴースト級の記事をいくつか輩出しておきたいものだ。
 いくらあってもブロガーに足りないもの、それは、文章力、読解力、説得力、ネタの選択眼、タフネス、エスプリ、運。そして何よりもー!ブログサーヴィス!

 ――さて、ひとつずつ取り上げてみようか。


 文章力:なくては話にならないと同時に皆無ということはありえない能力。ブログを続ければ一定レベルまで上昇する。それ以上の上達は死に物狂いで、少しでも油断すればガクンと落ちる。

 読解力:話し上手は聞き上手。他者の意を汲むことができてこそ、双方向性が重視されるブログは成り立つ。これも読めば読むほど上昇する傾向がある。しかし、時間は有限だ。

 説得力:上の二つが関係するのはもちろんだが、ブロガーの「人間」からでてくる部分も大きい。たとえば専門家の専門分野の話には説得力があるし、ブロガーの人柄や実績にも裏付けされる。一種の「狂気」の表れである場合すらある。

 ネタの選択眼:なくても流行らないだけ、なので重要度は弱冠落ちるか。対象への審美眼であったり、分析能力の証明であったりして、説得力に関わることも。ないブロガーはとりあえずエロに走ればいいよ。。

 タフネス:更新を続ける能力、アクシデントに遭遇しても意欲を失わない狂気。ブログ中毒と紙一重だったりする。

 エスプリ:機知。茶目っ気。発露する方向を間違えるとマイナスに働くが、面白くなきゃブログじゃない。

 運:現実生活での問題からサービスの混乱による記事の消失まで、ブログへのあらゆる障害に遭遇しない運。あるいは優れてお互いを高められる隣人ブロガーを得られる運。運さえあれば大抵のことは上手くいく。タフネスと相補的な関係にある。

 ブログサーヴィス:自サーバーに上げるのも含めて。ブログがなければブロガーじゃない――腰の大小がなくても心は侍ってこともあるだろうから、極論かもな。ブロガーをブロガーたらしめるのは何だろうと新しい疑問を持ってしまった。


 長々と書いたけどそれらの資質が自分にないと思い悩むことはない。まずはブログをはじめること。そして更新を続けられたら多くの資質は自然に身についてくるはずだ。ついてくるんじゃないかなぁ。
 ただひたすらキーボードに向かって思いのたけを叩き続けていられたらと思うことがある。自己すら邪魔に感じる。
 そんな一面を持つことはブロガーとして末期症状を覚えてきたという事か。

 書いて伝えるということは難しいことではないと同時に不確実極まりないことだ。言葉のもつ意味はその人だけの意味であって、辞書などに記載されている共通認識に留まりはしない。日本海出身者の「冬」と沖縄出身者の「冬」のニュアンスが同一だといえないように、厳密には全てがそうなのだ。
 感情や思考という取りとめのないものを強引に定義しても、どこかで漏れが出る。球面である地球を平面の地図に写し描くときに何らかの誤差がどうしても生じてしまうように、想いを言葉にするときにどうしても紛れが生じる。
 正確な意味を言葉で伝えられる相手は自分だけ――とすら言い切れない。昔の自分が書いた文章からその時の想いが正確に再現できるかといえば否である。そもそも自分の想いをそのままに文章化などできはしないのだ。

 つまり文章で考えを伝える行為は自分から文章を作るときに多くのロスが生じ、文章が他者に読まれるときにも多くのロスが生じる。どちらも訓練や条件付けによって緩和することはできるけど100%はありえない。
 あるいは、100%伝わらないからないからこそ人は文章を書こうと思うのかもしれない。
 読書は呼吸のアクセス数がまた下がって安定してきた。やはりというか、皇国の守護者の威力が弱まっているせいのようだ。360度の方針転換は同じ単語でまだヒットを得ているというのに、何故小説版感想はアクセスを得れていないかというと、順位が低下しているようだから。初期は3ページくらいまでいっていたそれが、どんどん落ち込んでいるのだ。
 原因はおそらくトップページから皇国の守護者記事下がったことにある。つまり恒久的に上位にいられる体制を築けていなかった。9つも感想を書いたのにはなはだ不本意なのだが、それらの連携は弱くドングリの背比べになって突出したリンクを受けとっている記事がなかった。
 同様の問題は360度の方針転換でも発生しているが、読書は呼吸においては目次ページの編集をしていない上に、過去の記事を引用することも少ない。そのため、読者が他の巻や同じ作者の別作品の感想を読もうとしたら、カテゴリーを探すなどの手間を要求することにもなっている。これが上手くいっていない様子で、コンテンツを充実させてきた意味が薄れている。

 考えた解決策としてはふたつ。
 ひとつは横断的な感想記事リンク集を全周無警戒に築く――漫画感想は目次ページの形でやっているように。とくに複数ブログにわたる記事を書いている皇国の守護者のような作品には特に有効な手段だ。そしてデメリットはいちいち更新しなおすのが面倒ということ――とくにシーサーは要求する作業量が多い。まぁ、佐藤大輔作品の感想記事リンク集だけは手がけてみてもよいかと思い始めている。
 残った方の手法は手間は少ないがいい加減で、とりあえずSEOに訴えない記事からは他の巻や別作品へのリンクを張ること。これは新しく更新するものに限定し、修正はあまりしない。最大の効果ではなくもっともパフォーマンスの高い効果を狙うのだ。とりあえずはこんな感じ:読書は呼吸 | 地球連邦の興亡4巻~さらば地球の旗よ 佐藤大輔

 あと、タイトルを意図的に散らすことも行っている。複数巻の感想を書くときはタイトルのみや作者名、サブタイトル入りなどに打ち分ける。それによって検索ワード次第で別々の記事が引っ掛かることを期待している。
 私は書いた後で恥ずかしくなって気に入らない記事でもけっきょく更新に困って投稿することが多いのだが、そういう記事に限って紹介されるのが悩ましい。死蔵が進んでいて現状に即さなくなっていたりするからなおさらだ。自分でもうんざりしている記事に突っ込みコメントされるのは苦しいだろうし――読める人が多いようで、あまりされないが――対応も投げやりになってしまいそうで不安だ。
 とはいえ、私に書きたい記事を書く権利があるように、ニュースサイト運営者には紹介したい記事を紹介する権利がある。紹介するな、なんて馬鹿なことは決して言えはしない。
 それにニュースサイトからのコメントは自分でも気付いていなかったその記事の価値を再確認させてくれることもあるので、不安に襲われるとばかりも言い切れない。

 つまり結局「ありがとうございます」としか言えないのね……。
 つまりコンテンツが製作者の能力ではなく河童頭女神の前髪を掴めたかで評価されてしまっている部分が少なからずある。読者に対してコンテンツの供給量が多すぎるのも理由の一つだが、ネットの構造がそうなっている部分も――変化の兆しがないではないが……。
 トラフィックを生み出す各要素について、機会がどれだけ大きな役割を果たしているか私的判断で並べてみる(そのコンテンツに価値があることが大前提)。()で囲われているのは能動的側面が特に大きい方法。



|孫引きニュースサイト
|一次ニュースサイト
|はてなブックマーク
|はてなサービス総体
|(ディレクトリ登録型サーチエンジン)
|アクセス数型ランキング
|ロボット型サーチエンジン
|クリック型ランキング
|(自己登録型サーチ)
|(トラフィックエクスチェンジ)


 思いつくかぎりでこんな感じか。
 孫引きニュースサイトは複数の関門をくぐらなければ紹介されない。
 一次ニュースサイトは運営者の巡回量に限界があり、開拓能力も問題。
 はてなブックマークは人気記事のソートなどで基本的にニュースサイトにまさる。
 はてなサービス全体ではさらにいろんな組み合わせが働くが、内側の存在にしか効力がないのがマイナス。
 登録型サーチエンジン――つまりYahoo!ディレクトリは基準の置き方しだいでは人が見ていてももっと下なのかもしれない。だが、依頼する時期も運のうちだ(今は基準が厳しい)。
 アクセス数型ランキングはそもそもアクセスを生むパワーの起源に問題があるが、ある意味能力主義的なのは確か。
 ロボット型サーチエンジンは直接的にはこれ以上ない能力の味方だが、そのランク付けシステムには機会が絡んでくる。それでもSEO対策を高めれば戦える分野ではある。
 クリック型ランキングは能力も大事だが、やりかたが響いてしまいすぎる。とはいえ初期のサイトには良い。
 自己登録型サーチはやればよいのであって機会の要素は薄い。同時にトラフィックも薄い場合が多い(分野にもよるが)。
 トラフィックエクスチェンジについては別の問題が大きすぎる。

 多くのブロガー・サイト運営者は、運でも人脈でもでもなく、コンテンツの内容によって評価されたいのだと思う――私はそうだ。それが為されていると信じることができれば、どのような地位に甘んじていても満足はともかく、納得はするのではないか――自己評価が実力以上に肥大化してしまっている場合は手当てのしようがないが。
 その点においてどうにも不平等の感じられる現状は打破されて欲しいし、ほぼ全員のためになるはず。
 それを多少は意識して私のニュースサイトでは大手が扱っている記事は極力避け、トラックバックも無制限に受け容れるようにしてはいる――さいきん更新が緩いけど。まぁ、そもそもニュースサイトにもチャンスの不平等は存在するわけで……いやはや構造を変えるのはおおごとだ。寡占者が欠けてもその代わりが生まれるだけでは意味がないのだ。

 何だかんだいっても実力のあるサイトは続く限りいずれは然るべき地位に辿り着く。けっきょく問題はそれに掛かる速度なのかもしれない。
 どちらかというと機会を得る側にのしあがった私のブログどもはトラックバックを参照リンクなしで受け容れるように設定されている――被リンクが確認できなければ打ち返すが。遠慮なくトラバすれば若い実力者の加速装置として役に立つかもしれない。私は新進気鋭の志のあるブロガーが大好きなので――自分もそうだ、と信じたいから――その役に立つなら本望だ。
 書きためた記事をフォルダに集めていると、残弾についての認識を誤ってしまうことがある。たくさん記事がたまっているようにみえて、使えるのは一部だったりするのだ。書きかけの記事、あまり投稿したくない記事、状況の変化によって没にせざるを得ない記事などがフォルダを水増ししていて私を混乱させる。
 ただ単に記事が無いのならよいが、記事があると思っていたのに無いとなると妙に焦ってしまっていけない。まぁ、そんなのはケセラセラで対処――というか放置するべきことだろう。

 つまり記事のフォルダはたまには整理しておこう、という話。

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