ブログを運営するに当たっての試行錯誤や考えを述べるブログです。
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 宙吊りになっていた12巻の感想をやっとアップしてまほらばの全巻の感想を曲がりなりにも終えたわけだが、いくらか反省点があるように思う。
 まず、1巻ごとに感想を書くこと自体にそこそこ無理があった。作品全体への意見をもって、それをストーリーにあわせて少しずつ吐き出す形態を取ったのだけど、途中で息切れしてしまい出来の悪い感想も混ざってしまった。通し感想をするときには巻ごとに感想を区切るのではなくて感想ごとに巻を区切ってしまった方が書きやすそうだ。
 最新刊であれば別で普通に書けるんだけどな…。
 もうひとつがリンクの問題で他の11巻と最終回の記事をずらずらと並べてみたがどう考えても限界だった。あそこまでリンクを並べると下にある記事に悪影響を及ぼしてしまう。今にして思えば続きを読む、を使ってその内部に収容すればよかったかもしれない。SEO的にもあれは疑問の残る行為で、ひとつの記事(最終回感想)を持ち上げる意図を微妙にもっていたにも関わらず、思い通りには行っていない。いっそのこと出版社別目次へのリンクをして全体の順位アップに少しでも寄与させた方がよかったか。
 かるた感想では前回へのリンクと次回へのリンクを置く形にしているのだけど、これは編集の手間が多いのがネックだ。1巻へのリンクと目次へのリンクを置いて、1巻の感想に全巻へのリンクを設置しようかな……どうもベストの方法が思いつかない。悩ましいことだ。

まほらば全感想へのリンク
まほらば1巻感想
まほらば2巻感想
まほらば3巻感想
まほらば4巻感想
まほらば5巻感想
まほらば6巻感想
まほらば7巻感想
まほらば8巻感想
まほらば9巻感想
まほらば10巻感想
まほらば11巻感想
まほらば12巻感想
まほらば最終回感想
まほらば白感想
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読書は呼吸が再びグーグル検索にヒットするように
 冬を耐え抜き、春を迎えた気分だ。もともとのアクセス数が高いわけではないけれど、人が来てくれる可能性があがるとモチベーションが違う。そしてグーグルの冬の時代でも私のブログを照らし続けてくれたヤフーよ、ありがとう。一強状態だったらグーグルがヒットしなくなった時点でやる気をなくしていたかもしれない。
 普通の検索は滅多に使わないけど、ブログ検索と辞書は愛用してるよ。

360度の方針転換のヤフーヒットが急増
 どうしちゃったのか、ヤフー検索の割合が突然増加して3割ほどになった。以前もヒットが2割くらいになったことはあるのだが、今回はさらに顕著で毎日100アクセスは上乗せしているはず。こちらはグーグルが落ち込んでいるわけではないので、お得感がとても強い。
 ただ、ハヤテのごとく!の検索結果で2ページ落ちしてしまったのは少々残念だ。抜かれた相手を分析する限りでは復権はかなり困難。まぁ、裾野の広い活動でカバーするとしよう。

・おちょなんさんでのべ85人来た。
 さいきん怖い想像をするのがお気に入り?
 ネットをうろついているとたまに更新を止めた寂しいブログに出くわすことがある。それでも忍やFC2のカウンターにカーソルを合わせると数十程度ののアクセスは生じている。大部分は検索エンジンで一部は破棄されていないリンク、極稀に一縷の更新再開の望みをもってくる元常連がその内容だろう。
 もし私のブログがこのような状況になったら、このようなお客さんがどれくらい生じるだろうか。似たような訪問者は今でも生じているけど、私が更新しているだけの違いともいえる。止まったブログの特徴は間違いなく常連がつかないことで、せいぜい後でログを読んでもらえるかどうか。検索エンジンのコンテンツとしては存在価値が失われるわけではないってところか。

 以下私のブログごとにちょっと考えを弄ぶ。
360度の方針転換
 いまのアクセス解析の状況から考えて500くらいでいったん安定した後、準備した記事の人気が落ちることによってアクセス数は低下していくだろう。最終的には200くらいか。悪くはない数字だ。というか優秀だ。

とあるブログの舞台裏
 検索エンジン対策がダメダメだから激減する。一桁の可能性も高い。

読書は呼吸
 今と変わらんって事はないだろうが、半分くらいの低下で20~30のラインで安定しそうだ。これは現時点でも最新作に対応出来ていないため。

全周無警戒
 ニュースサイトにしては強みのリンク集があるから一時的には持ちこたえるかもしれない。それでも最終的にはリンク集が陳腐化して二束三文のサイトになるはず。

上弦の月を食べる日々
 写真ブログのログってどれくらい見られているんだろう……おそらく限りなく0に近づく。
 自分が気にしているワードで検索して上位に出るサイトの中には(いつか抜いちゃる!)と思うサイトがある一方で、上位にあることになんの疑問も感じないものもある。むしろこれは抜いてはいけないと悟ることすら稀ではない。
 本当にSEOで勝ちたければ、その手の他者が挑戦する気になれない記事を書くことこそが冴えたやりかたなのだろう。必勝法は戦意を抱かせないことだ。
 どんなタイプがあるかというと、

・公式のページ
 感覚的にも当然だし、情報の正しさにおいて絶大な信用がある。ただし、公式のページを作れる立場の人間は少ない。いや、自分公式ページとかはやれるけどさ……。

・資料価値のあるページ
 ウィキペディアなどはこれを地で行っている。雑多な情報をまとめて見やすい形にしているページは手入れがしっかりしている限り強者であるべきだ。こういうのが被っている場合もあるが。

・独自の視点から書かれた記事
 絶対に真似できないと思わせる労力とセンスのある記事には正面衝突しようと思わない。そういうのはニュースサイトに紹介されて自然と強かったりする。

・サイトのネームバリューを背景にした記事
 まさしく権威主義。ここの記事なら勝てなくてもしょうがないなぁ、と思わせる。私はそんな考えを持たないので、相手がどんなに大物でも狂犬のように喰らいつくが……私の記事もそうやっていつかは破れ、駆逐されていくことだろう。

・よく整備されたリンク集
 明らかなお役立ちを示せれば全体の利益のために上に置かれやすい。リンクしながら大量の被リンクが求められるのが難しいところ。
 グーグルページランクが浮動期に入ったようで、私のブログも一部が数字を変えている。いちばん大きな変化は360度の方針転換がランク3に落ちたこと。なんとも無念だ。SEO対策自体は順調なんだけど、暗雲の気配を感じなくもない……これ以上リンクを整理するのは無理だよなぁ。はぁ…。
 ひとつずつの動きをみると、

360度の方針転換:4→3
 残念賞。4と3の差はイメージ戦略の上で結構大きいものと思っている。SEOに興味のある運営者がまわりに多ければ、だが。次は4に復帰したい。打鍵のページなども引きずられて2に落ちている。リンク集が3で踏みとどまってくれたのが慰めだ…。

全周無警戒:3維持
 ここが3なのは心強いことだ。ニュースサイトのわりにトップのリンク数が絞られているのが効いているのだろう。

・とあるブログの舞台裏:3維持
 つねづね思っているんだが、ここが3ってランク高すぎないか?まあ、もらえるものはもらっておく。私には3がお似合いってことかもな。

読書は呼吸:2→3
 ここはお目出度。いちばん嬉しいことだが、そのわりにグーグルからのヒットは激減したままである。名だけもらえても実がない。

上弦の月を食べる日々:0→2
 ランクなしでやってきたのが始めてもらったランクは2だった。そういうことのようだ。他の2の写真ブログが1に落ちていたのでイーブンともいえる。まぁ、SEO的には活かしにくい。

それでもハンニバルは進む:2→3
 ……グーグルの考えていることは分からん。ここ0でいいから360度に1ポイントくださいよぉ。

馬鹿はシネマで直らない:2→2
 横ばいしただけでも大したものだ。
 コメントしにくい記事に遭遇したときの悩みについて書いたが逆に考えればコメントしやすい記事を書けば、ニュースサイトに紹介してもらえる可能性が上がるということだ。場合によってはコメントしたいがために紹介することだってあるわけで、このアイデアには一考の価値がある。

 いちばん良いのはヘッダー部分でしっかり内容がまとまっていて、ニュースサイト運営者がそこで結論をもった状態で残りの内容を読める記事だろう。すでに書くことを決めながら読んでいるから、発展した文章にも積極的に対応できる。ただし、読み手としてはそういう読み方を繰り返すことは気分が良いとは限らなかったりする。自分は書くために読んでいるのか――と。
 他に思いつくものを列挙すると

・二択を求めてくる記事
 少なくともYES,NOの反応コメントを書ける。なぜならば――と理由を繋げやすいとさらによし。

・パラメーターを求めてくる記事
 トラバ数とかアクセス数とか、いろいろあるけど、そういうのを普段から気にしている運営者なら繋げて言う文も思いつきやすい。

・経験談を求めてくる記事
 これは記事の内容が共感を呼べるかにもよる。ニュースサイト運営者の文章は当然のように共感を呼びやすい…。

・引用しやすい文のある記事
 光る一点がしっかりみえるなら、そこに重点的なコメントをすればいい。記事の書き方としても、そういう要点をもつことは有意義。

・ツッコミどころのある記事
 悪い意味ではなく、それを言わずにはいられない指摘を呼び起こすもの。つまりは「ボケ」なんだけど、狙ってなしとげるのは難しい芸だ。ところでニュースサイトのコメントで私がボケるのは、だれに突っ込んでもらえるんだろう。
 キャプチャーするかどうかは個人の自由であり、そのリスクも運営者本人が背負うものではあるのだが、たまに目に余ることがあるのも事実。不快感が単体からくるのではなく、複数のブログがまったく同じ画像を選択していることからくる場合はさらに深刻だ。はっきりいって同じ画像が複数選択されている段階で私はそのブログの個性を認識できなくなる。引用と主張するなら自分なりのコマを選び、そのコマを元に読み応えのある感想考察をしてほしいものである。
 で、ふと考えたのだが稀有壮大な妄想をした。全てのテキストオンリーサイトがキャプチャーサイトと完全に交流を絶ったらどうなるだろうか、と。現実にそんなことは起きず、私もそこまで踏み切ろうとは思わないのだが、キャプチャーするのと同じように想像するには自由である。

 まず数としてはテキストサイトの方が多いだろう。しかし、アクセス数では拮抗するか、キャプチャーサイトの方が多い?問題はその質がけっこう異なることで、前者は検索エンジンに訴える能力が大きいのに対して、後者はニュースサイトや常連の力が強い。
 このふたつが切り離されることは双方にとって損害だが――禁輸とはそういうものだ――短期的にはテキストサイトに不利に働く。キャプチャーサイトは半分ニュースサイトのようなものだから。しかし、長期的には逆転してきて、検索エンジンから新鮮な読者をえられるテキストサイトに分がでてくる。検索エンジンにとっては画像などほとんど評価の対象にならず、テキスト量とその内容こそがものをいうのだから(アンカーリンクの問題などもあって難しい部分はある)。
 そもそも長期的に大規模な封鎖を行う――という前提が不可能なので、キャプチャーをトラフィックから掣肘することは無理。むしろキャプチャーサイトがテキストサイトを弾くことこそ効果的だ。


・ふたつを対立要素として取り扱っていることがまず間違い。くっきり分けられるものですらない。
・なおニュースサイトの要素を無視している。ぶっちゃけると全ニュースサイトがキャプチャーサイトへのリンクを止めれば、相当の効果をあげられる。

一年前の記事
著作権は難しい:360度の方針転換


ブログをはじめる
 明日はきっと。さんにこちらからリンクをさせて頂いた。こちらはアクセス元を公表されているので私からのアクセスについて興味深いことが観察できた。
 リンク集に加えた上で記事からもリンクさせていただき、トラックバックも受け付けたので出口は三つできた。そして三つの順位は、

・リンク集:34
・記事:45
・トップ:20

 から大体想像できる。トラックバックは記事からしかいけず、私がつけたリンクが効くのはトップだけである。
 リンク集の効果はnewマークがついている効果を除いても中々のもので、よそのアクセス解析公表で知った1月数百のオーダーに矛盾しない。一方でピックアップすることの意義も大きい。
 先日の手ごたえからみて、被トラックバック、リンク作成、リンク集それぞれが同程度の効果がありそうだ。水曜・木曜にアクセス数が増えてもリンク集のために素通りされているだけという懸念はおおよそ解消されたと考えてよいだろう。うん。
 私の記事に対する明日は明日の風が吹く - ニュース網、その成長の限界でのコメントを読んで
>「私がコメントを書けるか」という事が紹介の基準の一つになってるし。
 の部分にニュースサイト運営者として共感を覚えた。私の場合はyas-toroさんと違ってたった一行のコメントを付けているのに過ぎないのだが、それでもコメントを何か付けなくちゃ、と強迫観念に駆られることがある。紹介したいトピックスなのにどうしてもコメントが浮かんでこない場合はホットトピックスになることを願って、はてブしていたりする。こういう補助的な使い方をしている人っているんだろうか。

 リンクさえすればコメントを付けなければいい、というのも一つの考えだが、コメントがなくなれば、ただでさえ右から左に読者を流しているだけに近いニュースサイトの個性が損なわれ、情報を選んでいるだけがアイデンティティになる。選択眼に無類の自信があるわけではない私にはそれが耐えられない。
 コメントできない記事だけをコメント抜きで置くのも手段だけど、今度はプレッシャーが低下しすぎてコメントができる記事でもコメントしなくなりそうだ。そう考えていくと、コメントを付けるニュースサイトとコメントを付けないニュースサイトの二種類をもつのも賢明な解決策に思えてくる。
 単体で見れば良くも悪くも注目を浴びて成功しているんだろうけど、360度の方針転換を先頭とする他のブログたちとの絡みで考えると大きなマイナス要素を孕んでいる気がしてならない。
 もう、容赦なくマキャベリズムをブチ撒けまくっていて(必ずしも常にそういう態度ではないのだが、記事を書くときにはそう振舞うのが一番都合が良いのだ)要素扱いされた各方面から怒りを買っても不思議とは思わない。そのくせ悲しいと思う辺りどうしようもない。
 まぁ、どんなにマキャベリストとして行動していても尊敬すべき何かが残る相手がネット上にたくさんいる事実は非常に心強いものがあるが。

 それと360度の方針転換で印象付けているであろう、私が鬼畜で変態でエトセトラであるという確証のない正当な評価に、このブログが確証を与えてしまっている可能性も捨てきれない。非常に困る、人間ある程度あやふやさが残っていた方が愉快だから。
 とあるブログの舞台裏のせいで、360度の方針転換は日陰なのにそこら辺の日なたよりは明るい、変なスタンスのブログに成長してしまったのではないかな。単純にネタの選択と、しようもないポリシーと人間の過剰な捻くれ具合が私の漫画感想ブログを今ひとつ物足りなくしているのかもしれないが……うーん、わからん。

 逆に考えるんだ。360度の方針転換もマイナスで、とあるブログの舞台裏もマイナス。マイナスとマイナスを掛ければプラスさと考えるんだ。
 つまりキモさ極まって生温かい目で見守られる対象――それは嫌ーッ!
 ブログをはじめることはたやすい、止めることもたやすいが。ブロガーの数が極端に減少をはじめない限りは新しくはじめる人が止める人と拮抗するほどいること、よってブログを経験した人が増え続けることを表している。それでも、このままの展開でブログ経験率が100%に達することはちょっとなさそうな気がするが、表面的にはそれに等しい(行動をする人間がすべてブログ経験者)という状況は達成されえるかも。そうなったら、どんなことが起こるだろう。

 まず、期待してしまうのが、苛烈なツッコミがなくなること。裏方の苦労を知れば表面をみて酷くいうことは難しくなる。プラスにみえるが、厳しく客観的な批判を受けられないのはブログの発展にとってマイナスになるかもしれない。ぬるま湯化。
 正反対に経験者だからこそ中途半端な仕事を許せなくなるパターンもありうる。実績があるだけに厳しい批判を浴びせてくるかもしれないが、真摯に受け止めれば成長のチャンスにできる。単なる「ワシの若い頃は――」愚痴じゃなければ。こちらは熱湯化。
 どっちが当たるとも言えない。おそらく分野とブログの規模、選んだサービスによって傾向は分かれていくのではないか。政治や歴史・科学などの真剣さが要求されるブログは熱湯化し、間違いがあっても実害のないブログはぬるま湯化する。また、アルファブロガーの周辺は熱湯化し、泡沫ブロガーの周辺は(そもそもコメントもらえないかもしれないが)ぬるま湯化する。
 そうなること自体は構わないけど、ぬるま湯から熱湯へ移るときにコケるブログが続出しないかお母さん、それが心配。まぁ、ここまでいくと杞憂ですな。

 あと、ブログ経験者が何かのタイミングで奮起して、キャンペーンばりに短期集中更新を行うことが流行らないかな。体力や余暇がなくてもこつこつ溜めた考えと何かのチャンスがあれば、元ブロガーだけに一流の仕事ができる。こういう噴火的なイベントが頻発するとニュースサイト以外には難儀なことになるかもしれない。
 そこまでいかなくても、ブログをやっていた経験が発言の閾値をおしさげて議論が活発になりやすい、程度の現象はあるだろう。
 このごろ全周無警戒のために拾ってくるニュースの出所が固定化されてしまったと感じている。巡回先を外れたニュースのバリエーションは、はてブ関係に頼ってしまってるのが実情。いいかえれば巡回するだけで精一杯で新規開拓する余力があまりない。特に情報量が多すぎる分野(今のハヤテ界隈など)では新規に手を出しづらい気分になって遠慮してしまう。

 更新ではなく独自路線を重視するなら、どれだけ時間を掛けてもハヤテ関係の情報を漁ったほうがいいんだろうけど……そこまで尽くせない私の弱さが、サイトの強さになればと願うのは身勝手だ。
 行動がルーチン化していて7kbていどの情報量を集めればよし、と変な癖を付けてしまっているのも宜しくないかも。日常的な更新を守るのが大事なのか、重要な情報を速く伝達させるのが大事なのか、考えるまでもないはず――でも、最後に流行ってそうなのは前者のやり方で、結果的に流行っているなら輸送できる読者量において前者が正しいことにもなってしまう?
 んー、よーわからん。
 アンテナも加えたり引いたり頻繁に弄っているのだが、行動範囲はどうしても限定され勝ち。更新頻度は低くて今はマイナーだけど、更新するとその記事が凄いタイプのサイトを探し出したいな。前にも書いたように開拓の日を決めて行動するのが吉か。

 対症療法はあってもニュースサイトの行き詰まりを根本的に解決するのは不可能で、新規開拓は新規ニュースサイトに任せ、最終的には孫引きニュースサイトの情報統一に期待するしかないのかも。
 先日まで気付かなかったうっかりさんなのだが、毎日更新されていたアマゾンの売り上げレポートが1月17日から今日に至るまで更新されていない。私だけではないだろうかと思って調べてみたが全体的な現象の様子。何が起こっているのか知らないがデータがちゃんと取られているのか不安になる。
 まぁ、私は失って絶望するほど多くのものを得ているわけではないが、人によっては気が気じゃないだろう。

 こういう出来事はしっかりしていると思っていた文明が砂上の楼閣であることを教えてくれたり、不安に駆られ少しでも情報をえようとして奔走する人間がいたり(記事のネタにしちゃおうとする機会主義者までいたり)、社会心理学者にはおもしろそうだ。
 週明けには更新されていることを願うよ。
 記事の着想パターンはいくつかある。ここのように形のしっかりしていないフヤフヤとした経験から発想を救い上げて固化し、記事に仕立て上げるパターンを典型として述べてみる。

 ネットで経験したことを反芻していると、ある単語のシンボルが脳裏に浮かんでくることがある。それらは用語であったりサイト名であったり数字であったりする。例えば、アクセス数、コメント、リンク元、1記事15分、、、これらがピタリと――行くことはまずないのだが、なんとか繋がることがある。「タイトルを付けるときに掛かるコストはどのくらいか」など。
 使えそうだと思ったら、そこから話を広げていけるかを考える。さらに新しいキーワードが浮かんでくる場合が気持ちいい。上の例を続ければ「SEO、要約、気の効いた、パロディ、ニュースサイト」のように。しかし、浮かんできた一文が結論の形であると大きく広がらないことも往々にしてある。
 その場合は一文のみを書き留めておく、連続するキーワードがあった場合は一文の下にそれを連ねる。ここまでで着想終了。あとは温めたものが冷めないうちに記事の形にしてしまうこと。多少は間をおいたほうが形のいい記事ができるが、あまりに間をおきすぎると膨らましようがなくなってしまう。

・一文のみの場合
 タイトルありきの記事。それを思いついた時点で記事の半分は終わっている。肉付けして根拠を与えられるように試行錯誤する。これが結構面倒だが、短文しかできないわりに受けはよい。

・キーワードが豊富な場合
 私がよくやる列挙&説明構造の形を使って記事を形にしていく。書いてる途中でキーワードが増減することもある。それなりにボリュームのある記事になる上に書く手間はタイトル単品記事とそう変わらない。書きやすい。
 場合によってはキーワードを並列ではなく直列させて発展を狙うこともあるが、上手くいった試しは少ない。この手の長文記事はコストパフォーマンスが悪いのだけど、会心の記事が書けるととても嬉しい。ブログの性質上、ここよりも360度の方針転換の記事にその手のものが多い。

ブログをはじめる
 私が保有する中でもっともどうでもいいブログ、それでもハンニバルは進むにて賑やかしとしてブログペットを設置した。方法はぼくはまちちゃん!(Hatena) - はてなダイアリーに詳細なアクセス解析を設置するを参考に、30分ほどで設置完了した。こぱんだのペットで一名をぱんたろん。いっそのことパンタローネにしてもよかったか。
 主な目的は引用記事にあるようにアクセス解析ではなくて、たまに見かけるブログペットによる記事投稿だったのだが、はてなダイアリーは未対応……しまったな。ただでさえ閑散としたブログなのでその穴埋めと、ペットが投稿する記事による自分の語彙チェックを期待してのことだったのに(ペットの日記をみれば語彙チェックにはなる)。
 まぁ、アクセス解析としては使えるしわざわざ消すほどのこともない。こうして意味のないゴテゴテした機能が増えて行くのであった。
 プランクトンのようにネットをフラフラしていて見つけたのがWeb スカウター - ウェブページの戦闘力を測定できる「あの」ツール。まぁ、似たようなものは他にもあるけどページランクやブックマーク数、RSSリーダー登録数を使ってサイトを評価する玩具だ。自己サイトについてちょっと試しに使ってみた。


サイト名 "戦闘力" 12月の1日平均アクセス数 (内容)

360度の方針転換 362 1654 (漫画レビュー)
とあるブログの舞台裏 656 214 (ネット論)
全周無警戒 199 82 (ニュース)
読書は呼吸 65 47 (書評)
それでもハンニバルは進む 59 不明 (運営者にも謎)
上弦の月を食べる日々 31 13 (写真)
馬鹿はシネマで直らない 9 16 (映像レビュー)

 アクセス数を逆転してこのブログが戦闘力トップ。「舞台裏」なんですけど――ドラゴンボールに例えればチチやビーデルが最強なのが私のサイトですかそうですか……。
 ページランク2で2桁、3で三桁の傾向もみられるし、ある面での戦闘力を測るには使えそうだ。ブクマもRSSも知らないライトユーザーの存在を考えると分野ごとに比較するのは良いだが、異なる分野で比較してもどれだけ意味があるのかは疑問が残る。
 ちょっとした遊びにはよかろうなのだ。


 これを使って全周無警戒: ニュースサイトリンク集を総チェック、ページランクの中で並びかえてみた(1月にリンクしてくれたニュースサイトの新規追加とページランクの再チェックも同時に行った)。
 末尾の数字が"戦闘力"を示すわけだが、明らかにはてなサービスのブログが有利。ブクマされやすいサービスがどこかを考えれば当然だ(また、はてブされるような記事的なニュースを書くサイトが有利でもある。彼らは比べちゃいけないのかもしれない)。年季のあるブログほど数値が高いのも似た理由だろう。新しいサイトはページランクがついていないこともあるので、いっそう不利だ。
 しかし、再チェックしたところ前よりランクを上げているサイトがかなりあり――中には三階級特進しているサイトすらあった――下げているサイトはなかった。

 継続することは確実に力になるのだ。特に瞬発力のある記事が書けないニュースサイトでは継続力が大事だと思われる。
 勘違いしている人もいるようだがSEOを追求するにあたってはタイトルはできるだけ短い方がいい。タイトルの中におけるSEOワードの「重み」が大事だからだ。だらだらとした長いタイトルはそれだけでSEOワードの重みを低下させる。
 複雑な検索をされるとしても二語検索までで重要な単語を三つも四つも仕掛けてくる人は少ない。何通りもの組み合わせを攻めたい場合は複数の記事をもって「散らして」当たった方が効率的だろう(「VINLAND SAGA(ヴィンランド・サガ)1巻 幸村誠」と「ヴィンランド・サガ2巻 幸村誠 週刊少年マガジン」のように――あれ?マガジン?)。
 よほどの加熱ワードでないかぎり、狙うべきはやはり「一語」で、私はそのためにいろいろ工夫を凝らすわけだが。

 さてここからが本題。タイトルも重要だが、それだけがSEOではないことを久々に意識した。検索されたときに下に出てくる抜粋された文章も非常に重要なのだ。例えば360度の方針転換~ハヤテのごとく!応援ブログにおいてはハヤテのごとく! - Google 検索で以下のように説明文がついている。
「ハヤテのごとく!(週刊少年サンデー連載)の感想や考察および畑健二郎先生の応援をするブログ。他の漫画や雑誌にも言及。 ... かも月:ジャンプ感想火:月刊漫画誌感想水:ハヤテのごとく!感想木:サンデー・マガジン感想金:チャンピオン感想土: ...」
 これはブログの説明文と更新パターンの紹介の二箇所のヒットなのだが、半分偶然でうまくいっている例だ。問題はトップへのリンクなので常にハヤテ関連記事があるとは限らず来訪者がハヤテのごとく!の目次を見つけてくれない可能性があることなのだが……(ハヤテ目的で来た人をここに誘導してあげるのもSEOのうち)。

 まぁ、そんなわけでタイトルに続いて抜粋文も重要なのだ。これはニュースサイトからのリンクにおけるコメント部分に相当するといえば分かりやすかろう。理想的にはここに表示される文章まで想定して記事を書けるといい。検索されるワード周辺の文章になるからある程度はコントロールできるはずだ(私は今まで意図してこなかったのでアマゾンでタイトルを表示しているラスト周辺になってしまいやすい)。
 ブログの場合はトラックバックされた部分の文章が抜粋されてしまったりして複雑だったりもする。
 といろいろ考えてきたけど、記事全体のおもしろさを犠牲にしてまでSEOに走る気にはなれないね。
 私は今のところ書き上げた記事を大規模に改装してトップに上げるということをしたことがない。しかし、ネタ切れがブロガーの宿痾であり、酔っ払いのお爺さんが何度も同じ話をくりかえす以上、いつかは焼きなおし記事を書くことになるだろう。意識してか、無意識してかは別――後者の場合はすでに書いている可能性がある。
 そうでなくて何かの設定をまとめているページなどでは定期的に更新しなければならないことも考えられる。

 さて、その時に記事を新しくもう一つ作るべきだろうか、それとも古い記事を書き直して更新日だけ書き換えるべきだろうか。どちらにも一長一短があるようなのでメリット・デメリットを並べてみる。

新設する場合

 メリット
・記事として新鮮な印象を読者に与えることができる(紹介されやすい・コメントやトラックバックされやすい)。
・ブログ全体の記事数を増やすことができる(SEO上有利)
・pingが飛ぶ(更新通知上重要)。

 デメリット
・前回の議論やトラックバックに有用なものがあっても強く残せない(仕切りなおしできる点ではメリットでもある)。
・変更の量が乏しかった場合、検索エンジンに同じ記事が二つあるとみなされてペナルティを課される恐れがある。
・リンクをもらう場合、バージョンごとに分散する(SEO上不利)。


日付をかえる場合

 メリット
・旧来の記事に付随するリンク、コメントなどを引き継ぐことができる。
・大きな変更を施すことに拘らなくてもいい。

 デメリット
・変更してしまった部分の情報を残せない。
・マイナーチェンジの印象が強くなる(変更点を含めて軽視されてしまう)。
・pingが飛ばない(ただし設定で飛ばせるブログサービスもある)。


 どっちが良いか難しいものがある。トピックを強く固定されていないなら、トップにあげるまでもない細かい変更で凌いで、大きな変化はまったく別の記事としてしまうのもやり方のひとつだ。今のところの私はもっぱらこの方法を採っている。
 つまりは個人サイトの1記事が検索エンジンから直接リンクされることによってサービスの延長として捉えられてしまう。私は個人サイトとは基本的にサービスではなく、個人が意見を発表するものだと考えている。ボランティアで人の役に立つことを目指したサイトであっても「サービス」といわれてしまうのは抵抗があるのではないか。
 つまり基本的に対価を受けての情報提供ではない――アフィリエイトとかあるのが複雑だけど――ゆえに読者に対して何らかの義務を負っているわけではない。そこを間違えられて「こうしろああしろ。(サービスなんだから)それが当然だ」と言われてしまうとサイト運営のモチベーションは低下する。それこそアフィリエイトで儲けなければやってられねえ気分にもなるのかもしれない。
 アフィリエイトが目的化するのを問題にする論は多いが、それは一面で、本質は大手になることによってボランティアがサービス化させられてしまうことにあるのではないかと思う。強烈に主張したいことがあって最後までそれを芯に通すサイト運営者なら心配は無用なんだが……。

 これは結構危険な問題の気がするんだけど、検索エンジンは対応できるかな?サイト側が一つの記事でもサイト全体の雰囲気を誇示するようつとめるしかないか――その点ブログはまだよいな。
 と今回の騒動で思った。パロディネタはただ面白ければいいってものではなく、読者にあるていど認知されているネタ元であることが重要だ。この共通認識の上で2ちゃんねる発祥あるいはそこで成長したものは頭抜けている――ように感じる。
 私の読者が知っていれば一般的にはマイナーなネタでも問題はないのだが、それほど深い情報はなかなか得られない。そこで私は2ちゃんねるで知名度があることを読者に知名度があることに近似して考えてしまうのだ。
 この記事などは宇宙ヤバイのガイドラインを丸々借りている。こういうネタの認知度を均一化するのに2ちゃんねるは功績があったと思う。もし2ちゃんねるがなくなってしまうと知名度が高いと自信をもてるネタが減少し、またネタを探すのにも支障がでるだろう。

 それはいい事なのかもしれない。もっと自力で勝負するべきで、読者のトレンド把握につとめるべき、と言われれば反論のしようがないからだ。2ちゃんからネタを持ってくるのもセンスのうちではあるのだけど……。
 そもそも2ちゃんネタは知名度があるって想定が、幻想にすぎないところがある。幻想に頼らず自信がなくてもやっていくべきではないか。

 さて、いざというときに備えてシェイクスピアに手を伸ばしておこう。
 アフィリエイトはインターネットを劣化させる -アフィリエイト制限論- -[Di]<情報元明日は明日の風が吹くさん>を読んで。

 まず先だって述べたように検索エンジンの問題が大きいのだが、それにとどまらずネットを利用する人間の心構えの問題でもある。
 検索エンジンに文句をいう人に比べて検索エンジンに貢献しようと思う人は少ない。優れた記事・レビューを見つけてリンクすれば、検索エンジンはそれを拾ってリンクされた記事の表示順位を上げる。良い記事が上位にないと愚痴をたれるよりも、良い記事を見つけてリンクすることだ。さもなければ自ら良い記事を書くことだ。
 それをしないのならば、検索エンジンもサイトも無料で提供されるもので、後者に至ってはサービスですらないのだから自分の目でフィルタリングをすることを受け容れてほしい。

 検索エンジンは不完全な神なのだ。それに完全性が備わるのを駄々をこねながら待つよりも、少しでも完全性を高めるのに貢献してみてはどうか。
 彼らが素晴らしいのは自らの不完全さを隠さないことだ。だからこそ進化していけるし、少しずつでも完全に近づいていける。はじめから完全を名乗る神は変化を受け付けない。

 まぁ、スパム的な広告が上位を取るような商品は、そもそも言及するサイトの数が少ないのだ。
 情報のない怒りを「なら私が役に立つ情報を書いてやる!下等なアフィサイトどもを駆逐してやる!!」くらいの気持ちに転化してくれるとネットも進んでいけるのだけどなぁ。
 私は漫画感想に関してそのつもりなのだけど、いかんせん私が漫画を読むよりも、漫画が増えるスピードの方がちょっとだけ早いようだ。
 参考(講談社コミックス感想目次スクウェア・エニックス系コミックス感想目次その他出版社コミックス感想目次――以下略)

アフィリエイトを肯定してみる:もともと準備してある記事だった。
 アフィリエイトはオススメする商品・サービスをサイト運営者が紹介し、読者はそのオススメ情報から判断して購入を決定する。関係者が判断を間違えなければ――それが難しいのだが――企業を含む三者が利益を上げることができるシステムだ。
 ただ紹介するためにアマゾン評価をペタペタ張るサイトもあるが、そんなものが検索の上位にヒットしてくるのはネットの未熟さゆえと憤慨していい。検索エンジンの面でやがては解決される問題だろう。というより解決できない検索エンジンは覇権を失う。
 そんなアフィリエイトのいいところを更に細かくみてみる。なお、主にアマゾンのようなシステムを念頭においている。

アフィリエイトはコミュニケーションツールの延長
 寂しがり屋のサイト運営者は母乳を求める赤子のように読者からの反応を少しでも多く求めており、アフィリエイトはそんな反応のひとつである。人気ブログランキングの類と違ってアフィリエイトのいいところは、購入された商品が分かったりしてクリックよりちょっと多目の情報が得られることだ。ネットで1つ売れれば店舗経由でもっと多くの商品が売れたと考えられるから、その商品を応援している場合は利益以上に喜ばしい。大河の一滴にしてもプラスはプラスなので、自分の記事が社会に影響を及ぼしたと自己満足できる。
 コメント欄やweb拍手を解放しているサイトの場合は、交流の幅を広げたくてアフィリエイトを開いているのだと好意的に受けとることもできなくはない。買う買わないはサイト運営者の発言に対する読者の判断であり、その評価は読者にゆだねられているのだから。

アフィリエイトによって、より強力にサイトを利用できる
 応援できることを喜んでいる場合でも純粋に利益を追求してる場合でもアフィリエイトに拘るサイト運営者に対して読者はあるていど支配的にふるまえる。利益を与えるか与えないかのスイッチだけだが、その多寡は確実にサイト運営者の士気を変化させる。
 有用なサイトには利益を与えて更新を促し、無用なサイトには利益を与えずに有用化(か閉鎖)を要求する。
 アフィリエイトがあるってことは閉鎖的な運営者にも意志表示をするチャンスがあるってことだ。ないならないで利益に左右されずに更新のクオリティを保ってくれるという信頼に繋がるわけだし――運営者が止める自由度もあがっている気がするが――アフィリエイトというオプションが強制ではなく選択できる形でネット上に存在していることはプラスなのだと思う。

アフィリエイトを肯定してみるの蛇足


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 良い記事タイトルをつけようとすればセンスはいうに及ばず、相応の時間が掛かる。内容は書き上げたのにタイトルがしっくりこなくて悶々とすることさえある。思い返してみれば、これらの手間は記事の性質によって随分変わってくるようだ。
 私が考えるそれぞれのタイトルタイプとタイトル決定に掛ける記事全体中の労力パーセンテージを並べてみる。

作品の感想:3%未満(例 みつどもえ1巻 桜井のりお
 これはほとんど機械的でタイトルと巻数、作者名を列挙するだけの形をとる。SEOにはコンパクトに必要な単語が入っていることが望ましいからだ。メジャーすぎる作品の場合、正攻法を仕掛けても勝ち抜けないので迂回の道をたまに考える。「はぴねす!1巻 藤井理乃 月刊コミックアライブ」のように掲載誌名を加えるとか。

内容の要約:5~10%(例 打ち切りとエロとアニメと
 これは考えるけど書き上げた後には決まっているレベル。内容を分かったつもりでいると、案外タイトルとズレてしまっていることがあるので読み直して考える手間も掛けた方がいい。

気の効いたタイトル:15~25%(例 アーたんは無慈悲な悪の女王
 ちょっと上手いこと言ってやろうと気合をいれたくなる記事だと、タイトル設定のコストは途端に跳ね上がる。あれでもないこれでもないとうんうん唸りながらの難産。場合によっては簡単な記事1個を着想展開するほどの手間を掛けることも。私はえてしてパロディに逃げてしまうわけだが――未熟さの表れかもしれない。

ニュースサイト最適化対策を意識したタイトル:10~50%(例 大手サイトの定義を考える
 どこまでがそれを狙ったものか線引きは難しい。更新すれば阿吽の呼吸で紹介されるような大手サイトの運営者は常にニュースサイトに自分の考えたタイトルが並ぶことを意識して決めなければならないわけで……大変そうだなぁ。完全にニュースサイトを意識して詰めていくのなら、コストは記事を書く手間の半分にまで達するだろう。
 個人的にはニュースサイトに向いたタイトルは思いつくのが記事を書くより先行するので、コストがどれだけ掛かるとしても意識しなかったりする。

ひとりごと:5%(例 1/12 今日もいい天気
 主にニュースサイト記事用のよしなし言。更新の直前にとって付けるのだが、これで無難な言葉を選択するのに悩んだりするのだ。いざとなったら日付だけで更新しちゃう。まぁ、気にする人もほとんどいないだろう。


 振り返ってみれば記事タイトルに費やすコストは膨大なものになっている事に気付く。私が記事を量産できるのは作品の感想記事がとても多いからなのかもしれない。もちろん記事本文にかける労力が減るわけではないのだが……。
 というわけでこういうニュースサイトはどこかにないか?への反応としてまなめはうすさんと誠天調書さんから紹介されたugNews.netさんの仕事量は相当のものだと思われる。
 ひとむかし前は多用していた太字だが今では控えめにしか使わない。それが不振を感じている理由かもしれないが、理由があるのだ。
 ボールドタグで囲うことは確かに感想やネタの中の面白いエッセンスを際立たせ、その威力を高める効果を持つ。しかしながら太字に依存した文章を書くことは自己記事の笑いどころに関する価値観を読者に押し付けることにもなり、それが大きくズレているようなら興醒めを招いてしまう恐れもある。

 自由な解釈で記事を楽しむ時には太字は邪魔で、素材の味を楽しみたいときに合成調味料が舌を刺すようなものだ。いつまでも合成調味料に頼っていては料理の味付けがそこから上達しないように、太字に頼っていては文章の表現が上達しにくいのではないか。
 まぁ、太字を巧みに使いこなしていけば、そこそこの文章でも一定の成果をあげられるのも確か。そのような記事を数を揃えて投入していくことで人気をはくするのも優れた手段だし充分に難しいことだ。
 私のごときはただでさえ文章が完成されていないのにあえて自縄自縛に走る愚者なのかもしれないが、感性の普遍性にいっそう深刻な疑問があるのでこのような挙にでるのもやむ終えないのだ。

 つまり衆に訴えるセンスがないなら個人個人のセンスで解釈しても楽しめるだけの幅と深みをもつ味わい豊かな記事を――と文章化すると目標の深遠さに絶望。道は果てしない。
 空母艦載機乗りは空母への着艦をさして「制御された墜落」と称するそうだ。それにヒント?をえて「作文は制御された発狂である」と言ってみた。内部からの何かに迫られてどうしようもなくしちゃう行為である辺りが似ているとしておこう。
 抑えられない――綺麗か醜いかといえばまず醜い――衝動があって、それが溢れ出す弁を必死でコントロールしてキーボードに叩き出す感じの作文、このブログの記事では結構ある。
 それらはたいていフリークスで、できれば人目に触れさせずに死蔵させてしまいたいような気持ちもあるのだが露出狂の喜びが優るのか、今のところほとんどアップしている(さすがにネタに暴走したあげく、思っていもいない危険発言をしていた記事はお蔵入りとした。炎上するならせめて本心を書いて炎上したいよ)。
 それらの記事は恥ずかしく思いながらも嫌いではなく、中には役に立つものもいる。むしろ非才の人間が奇跡的な跳躍をえるには発狂の瀬戸際まで制御された狂気をもって記事を書くしかあるまい。そうしてやっと極稀に天才が正気で書く記事に対抗しうるのだ――あるいは天才とは狂気の瀬戸際を正気で維持し続けられる存在かもしれん。

 こんな記事を書く私は果たして正常なのだろうか。制御しきれない狂気があふれだしてしまっている可能性がある。あるいは私は既に狂っていて記事を書くときだけ、かろうじて正気を取り戻すのか?あなたに確かめる術はない。
 私がリピーターを止めるときと対をなす記事。読者視点だけに絞ればいいから、こっちの方が単純。

・過去ログで評価する場合
 出遭った記事がとてもおもしろく、他の記事にも期待がもてると思ったなら、過去ログをさかのぼってサイトを評価。そのまま常連になってしまうことがある。

・常連ニュースサイトでたびたび紹介されている
 読む記事、読む記事、ヒットするようなサイトなら紹介される前に自分でチェックしに行く。紹介されているのが一部の記事で、それにも興味が湧くようならなおさらだ。

・トラックバックを常連的に送ってくる
 定期的に各タイプの記事で向こうも定期的に書いているなら、トラックバックの行き交いが生じてそこから常連になる。読む記事の傾向が偏りがちだが。

・コメントにレスしてくれる
 親しみがわくし、興味の傾向が似通っているわけでもある。


 まぁ、記事がおもしろくなければどうにもならない。というか、記事がおもしろければどうとでもなる。


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 自分がどんなときに常連を止めるのかを考えれば、常連さん減少に対策が立てられるはず。以下の例は経験したものと思考実験が半々。私がブロガーゆえの事情も込みで考える。

サイト側の要因

・更新頻度が低下する
 何度みても変化がなければ足は当然のように遠のく。はてなアンテナに登録しているサイトの場合は更新されればチェックするからちょっち異なるが。

・取り上げる内容が変化する
 自分の興味のない物事に関する記事だけになってしまえば興味を維持するのは困難。異常なパワーがあれば私の方からサイト運営者にあわせて食性を変化させる場合もあり(おかげさまでチャンピオン読者になれました)。

・有料化する
 サイトにお金を払うなら漫画の単行本を買う。私の代わりはいくらでもいるもの状態であるのは否めない。

・トラックバックがこなくなる
 トラックバック返しのために常連さんになっているサイトさんは結構あるわけで、その場合はトラックバックの切れ目が付き合いの切れ目になることも。とはいえたまに覗きにいくし、よりを戻すことも容易。
 コメント付きニュースサイトのアクセス解析からの閲覧も同様。


読者側の要因

・忙しくなる
 暇がなければ巡回する範囲が狭まり、そのときの興味やサイトのおもしろさによって見なくなるサイトが生まれる。暇が戻れば巡回が戻ることもあるが、時間の変化によって興味の方向が完全に遷移していることも。

・パソコンを初期化する
 とブラウザのデータがなくなってお気に入りに加えなおさなくなるサイトもある。バックアップできる便利なソフトを知ったので今後はない?

・運営者の人格が気に入らなくなる
 私は記事の内容重視派なのだけど、その効果をまったく否定することもできない。ここのような浅ましさが出てくる裏口サイトを運営している場合はマイナスに働くことも多そうだ。
 単純に意見が合わなくなったなら考えのバランスを保つためにあえて読み続けるべきか。
 私のブログ全体では文字主体記事で1500くらい、写真記事を含めれば2000記事いっていると思うが、我がブログの故郷360度の方針転換単独での話。

 漫画単行本の感想は4割ていどだが、よく読んでいる講談社とスクエニの目次ページが手狭になってきた(あと秋田書店の目次がそのうち分離できそう)。
 中には初期のおもしろみのない感想も含まれているし、それを読まれたせいで評価を落としてしまうのはつまらない気もする。改心の出来の記事だけをまとめておいて、痛恨の記事はたどりにくい場所に置いておくのも一手だろう。
 しかし、私は自分の評価を全面的には信頼していないので、主観でつまらないとして記事を切ることにとてつもなく抵抗がある。だれか一人でも私の判断と違って、おもしろいと思ってくれる人がいるのなら、その人が記事に遭遇できる可能性はちょっとでも高くしておきたい。
 「悪い」と私が斬り捨ててしまえばその記事は永久に悪いままだが、私が期待しなくても読んだ誰かが「良い」と受けとってくれれば、その記事は一瞬だけでも良記事になれるのだ。

 衆に訴えるよりもマイノリティを拾うことを主眼にしてしまう、その辺りの判断が良いのか悪いのか、それは今後の運営で明らかになっていく……かなぁ?疑わしいけど古い記事でも気になると微修正とかしてしまう。
 ここはどこ? - タイトルに釣られまくっているDQNの苦言を読んで思いついたのだが、記事名やサイト名を面に出さないで自分で内容にタイトルをつけて紹介するニュースサイトはどうだろう。
 ニュースサイト運営者と読者双方の主観に支配されるより、運営者の主観で統一されたリンクを提供できたほうが有益だったりするかもしれない。少なくともサイトのオリジナリティは主張できる。
 問題は面倒なこと。私は写真紹介のみはコメントを題名のように書くことがある(参照:全周無警戒)けど、それを全記事にやるのは絶対疲れる。
 これは余力とネーミングセンスに自信がある人の仕事だ。そしてネーミングセンスに自信があるならニュースサイトなんて(オンリーでは)やってないんじゃね?と思ってしまった。
 自然と備わっていくものであって、わざわざ合わせて獲得するべきものではないのだろうが、漫画レビュー系のサイトにどのような機能が求めれるか整理してみた。機能ごとに両立できない要素があるので、虻蜂取らずになるよりは一点集中突破に賭けた方がいいだろう。集中をサイト単位で行うか記事単位で行うかは運営者しだいだが。

漫画を買うときの参考になる:批評サイト/批評記事(サーチエンジンが重要)
 主に買う前の情報を提供するサイト。あらすじなどの情報と簡潔な評価が大事。作画を気にする人にはキャプチャー画像もいいが、反面ではネタバレである。星や十段階で表現するような得点制になっていた方が安心される。
 他のサイトとの交流は派手にせずに、独自の視点を保っている印象のサイトが向いている。

漫画をより楽しむための材料になる:考察・ネタサイト/考察・ネタ記事(ニュースサイトが重要)
 読んだ漫画をさらに楽しみたい人のために、その材料を提供する。深く考えて楽しむには考察が、内容を踏まえて笑うにはネタが求められる。考察については完全な結論を言い切ってしまうよりも、考えを発展させるガイドとなって読者に結論をゆだねる方がいいのかもしれない。作品が完結している場合とそうでない場合でも違ってくる。サイト交流の幅は広い方がいい。
 ネタは創作的な側面をもつ――読解力と文章力にプラスαが求められる。

漫画に対する感想を共感できる相手になる:感想サイト/感想記事(常連読者が重要)
 誰かが自分と同じ事を感じてくれるのは嬉しいものだ。その対象が好きな作品であればなおさら。共感してもらうため「うん、そうだね。私もそう思う」の一言をもらうために人間言葉を費やすことは多い。感想を書き連ねることは結果的に自分と似通った感性の読者を呼び寄せることになる。
 ただし、あまりにも並外れた感性をもっていると単なる感想を書いたつもりでも、考察やネタと呼ばれる。
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