ブログを運営するに当たっての試行錯誤や考えを述べるブログです。
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 被害妄想で済むに越したことはないのだが、最近の事件をみてどうしても考えてしまった。どうせ私の記事はプレーンさが低くて扱いにくいだろうけど……。

・著作権の侵害
 個人的に著作権の侵害そのものは大ダメージではない――ある意味、認められたわけでもあり。やった人間に独創力ない事をせせら笑うくらいの余裕はもてる。まぁ、編集能力はあるのかもしれないが、それなら初めから作家を名乗らずに編集者になればいいのに。

・自分が後発だと受け取られる事
 著作権の侵害から派生するこれがとても嫌だ。盗用した側の発行部数が数千規模ならまだしも万を超えるとオリジナルの記事よりも盗用された記事を読む人間の方が多くなるだろう。もしも、彼らが後からオリジナルの記事に触れれば(あ、あの本からパクったんだな)と思っても不思議はない。
 現実には往々にして事実上の時系列よりも読者の主観的な時系列の方が感覚に訴えてしまう。記事の投稿日(だいたいこれは弄れる)と出版日を比較する暇のある人は多数派ではないだろう。
 そういう状況は想像するだけでも目の前が真っ赤になるほど不快だ。声が大きい事を傘にきて、人の意見を自分のものにしてしまう奴は最悪だ。でも、たまに無意識的に自分もやっている事がある気がして落ち着かない。ああ嫌だ。

・出版物の公共性によってネットの記事が紛い物扱いされる事
 上と似た不快感なのだが、違うのはメディアによる力の差によって頭ごなしに白黒をつけられそうな事だ。ウィキペディアに対する信頼性の論争など、いまだネット上の情報への不審感は根強く――実際、問題はあると思う――紙に載っているだけでそちらを「正統」と受けとられかねないところがある。これも腹ただしい。

・対応に労力を奪われる事
 これも結構いやだな。以前までの素直な形で更新が続けられるかも分からない。どこかに棘が刺さったように不快感と徒労感を抱きながらやっていくのは辛いだろう。私の場合はその手の話題をこちらのブログに切り離す事で他のブログのテンションを多少維持できるかもしれないが、エネルギーが変な方向に消費されてしまうのは間違いない。


 まぁ、自分の妄想に怒り狂うのもあまり生産的とはいえない行為だ。このくらいで畳みたいが、盗用する人は何を考えているんだろうか。
 ひとつの記事を盗んだだけで全ての記事が疑われる事になり、大部分が自分が考えた事だとしてもその考察に泥がつく。まったく割に合うとは思えない。もしかして全てが盗用なんだろうか?――うーん、そう考えることこそ疑惑増幅一直線のコースだ。だいたい全盗用も無茶苦茶に発覚リスクが増大するからバカバカしいのだが。
 どちらにしても盗用は愚か者のすることだろう。私にはそう思われる。
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