ブログを運営するに当たっての試行錯誤や考えを述べるブログです。
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マイペイサジコル 誰の為のウェブサイト?誰の為の同人誌?を読んで

 趣味が義務になったとき苦痛しか残らないというのも、また言いすぎかもしれないが、運営者に「私は読者のために書いてます」と宣言されると、無料ゆえにほとんど返すもののない(返しようのない)読者にとっても気が重い場合があるのではないか。
 私の記事など常軌を逸したほどボリュームがあるので、読者はなおさら言われたくなさそうだ……そうそう、実はわたし、読者のために書いてるんだっ!(キラッ☆)

 だいたい「読者のために~」に「読者ために描いている自分に酔うために~」をまったく含めないのからして難しい。少なくとも私なら自己陶酔してみせる自信があるね(というか既にしてるね!)……偏差値からずれている人間がいってもあまり説得力がないか。
 たしかに本当に無私の人もいて――ペイサさんもその一人だろう――尊敬しているけれど、それが絶対多数派でなければならないと決定されれば、「サイトを運営できる権利」とやらの保有者は激減して意見の多様性が急速に悪化、まわりまわって微塵も読者のためになっていないネット環境が構築されるだろう。かるく凄絶な未来絵図だと思わない?
 また、ただひたすら読者のために書くには読者の実像を正確に把握しなければ不可能なはずで――これができなければ本人が何を言おうと独りよがりになってしまう――それを匿名性が跋扈するWeb空間で正確にやってのけるのはリサーチだけでも相当の労苦になるだろう(更新しているうちに運営者の記事をためにできる読者の方から集まってくるという視点もありえるが、それは結果論として「読者のために」が成立しているだけだ)。
 けっきょく相手を特定の知っている人物に定めるか、自分のためにする方が容易なのは間違いないかと…。前者は手紙やメールを書けば済むわけで、自分のためにサイトをやっている人が多数派になるのは自然な流れな気がする。

 どうも言及した記事はあくまでも個人の中に留まる強度の常識を現実とすり合わせずに主張されてしまって、摩擦を生じているように思われる。
 私のような狡猾な人物なら「これは常識だ!」などと衝突必至な主張をせずに「こうだから~~」と必ずしも常識でもないことをさも常識のように前提として語ることで常識として根付かせようとするテクニックを使うわけで(よくお店のトイレに貼ってある「いつも綺麗にご利用いただきありがとうございます」も応用のひとつだね)、善良さから来た主張だと確信はできるのだけど……。


 ちなみに、個人的には大手Web運営者の同人誌話を聞くと「せっかくの優れた才能をもっと多くの人の目に触れる媒体で発表されないのはもったいないなぁ」と思うことはある。
 というのも、同人誌の発行部数より管理されているサイトのアクセス数のほうが多い場合も珍しくないわけで、「出版」との間にメジャーとマイナーの捻じれ現象が生まれているのだ。さすがに公式な出版なら数千部はいくから異なるけれど。
 ただ、同人誌に発表する場合は、わざわざ購入してまで読みたい熱心な人が読んでくれるわけだし、複数人で協力するなら普段とは異なる層の読者からも記事をみてもらえるかもしれない。なにより紙の形で残す行為に精神的にステータスがあったりするのも分かる(神知るの桂木桂馬が先取りしている世代がくると変わるかもしれないが)。それに派手な露出を意識せずに済む場所だから楽しく書けることだってあるだろう。
 けっきょく本人の判断にお任せするのが一番ではなかろうか、というつまらん結論である。

 もし、私が同人誌に寄稿することがあったら「同人誌発売から一ヶ月したらブログで発表していい」などと許可を取り付けて二重投稿する作戦をとるだろうなぁ。だって、それが一番美味しいから。



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